最高裁判所第三小法廷 昭和27年(オ)174号・昭27年(オ)95号 判決
上告人(被告) 熊本県選挙管理委員会
上告人補助参加人 上坂満男
被上告人(原告) 山野秋義
一、主 文
原判決中昭和二六年五月八日執行の飽託郡中島村長の決選投票による選挙において古川国雄の当選が有効であることを確認した部分を破棄する。
右部分に関する被上告人の訴を却下する。
爾余の部分に対する上告を棄却する。
訴訟の総費用は、補助参加人の参加によつて生じた部分は補助参加人の負担とし、その余の部分は上告人の負担とする。
二、理 由
本件上告理由は別紙記載のとおりである。
上告人上告理由第一点、補助参加人代理人弁護士高野弦雄、能勢政世、樋口俊二の上告理由第一点について論旨は、原判決は公職選挙法二一五条、同法二〇七条一項の解釈を誤つた違法があるというのであつて、要するに、本件のように同法二一五条による訴願裁決の要旨の告示が裁決書の訴願人に交付される以前に行われた場合においても、訴願人以外の者の同法二〇七条による出訴期間は右告示の日から計算すべきものであるというに帰する。
しかし、訴願裁決は裁決書を訴願人に交付することによつて効力を生ずるものと解すべく、裁決の要旨が告示されたからと言つて、裁決書の交付がなく、裁決の効力が生じない間に、告示の日から裁決に対する訴の出訴期間が進行するものと解することはできない。(昭和二七年一二月二三日第三小法廷判決参照)論旨は、最高裁判所の昭和二三年一二月一四日の判決を引用するけれども、右先例の場合は、告示が裁決書の交付前に行われた事実はなく、本件の先例として適切でない。通常の場合同法二一五条による告示は裁決書が訴願人に対し交付された後に行われるのであるから、告示が裁決書交付前に行われた事実の認められない以上、右先例のように訴願人が出訴する場合には裁決書交付の日を訴願人以外の者が出訴する場合には告示の日を、それぞれ出訴期間の起算日とすべきであるけれども、本件のように告示が裁決書の交付前に行われた場合には、裁決書の訴願人に対する交付により裁決の効力を生じた日から出訴期間を計算すべく、そして、この点については訴を提起する者が訴願人であると訴願人以外の者であるとによつて区別をする理由はない。
以上説明のとおりであるから、原判決が本訴を適法な訴であるとしたのは正当であり、論旨は理由がない。(後述するように本訴は選挙の効力に関する訴訟と解すべく、従つて出訴期間については公職選挙法二〇七条を適用すべきではなく、二〇三条を適用すべきものであるがいずれにしても結果に変りはない。)
上告人上告理由第二点、補助参加人代理人上告理由第三点について。
論旨は原判決が「古川国雄の当選が有効であることを確定する。」としたのは違法であるというのである。
記録に徴するに、本件争訟の本訴に至るまでの唯一の争点は四月二三日の第一次選挙の投票の効力に関連して五月八日の第二次選挙を行うべき場合であつたかどうかの点であつて、第二次選挙の有効を前提として古川国雄の当選が有効であるかどうかについては全く争われていないのである。換言すれば本件争訟は異議申立書、訴願書等の用語如何にかかわらず、その実質においては第二次選挙の効力に関する同法二〇二条及二〇三条の争訟である、(上告人がその訴願裁決で五月八日の選挙を無効としたのも本件訴願を選挙の効力に関する訴願と解したためと考えられる)被上告人は本訴において古川国雄の当選が有効であることの確認を求めたのであるが、右古川の当選の効力については同法二〇六条による異議訴願は全く存在しない。そして同法二〇七条二項の準用する同法二〇三条二項によれば、異議の決定及訴願裁決を受けた後でなければ同法二〇七条の訴の提起はゆるされないのであるから、被上告人のこの部分に関する訴は不適法であると言わなければならない。しかるに原判決がこれを看過し被上告人の請求を容れ古川国雄の当選が有効であることを確認する旨の判決をしたのは法令の解釈を誤つた違法があり破棄を免れず、そして、この部分の訴については、当裁判所において判決をするに熟するから民訴四〇八条により主文二項のとおり判決する。
上告人の上告理由第三点、補助参加人代理人上告理由第二点について。
論旨は「最高裁判所における民事上告事件の審判の特例に関する法律(昭和二五年五月四日法律一三八号)一号乃至三号のいずれにも該当せず、又同法にいわゆる「法令の解釈に関する重要な主張を含む」ものと認められない。
論旨の引用する最高裁判所昭和二四年一二月二四日の判決は、本件と場合を異にし、これを適切な先例ということはできない。
以上説明のとおりであるから、原判決を一部破棄すべきものとしその他の上告は理由がないから民訴三九六条、三八四条に従いこれを棄却することとし訴訟費用について民訴九六条、八九条、九二条を適用して裁判官全員の一致で主文のとおり判決する。
(裁判官 井上登 島保 小林俊三 本村善太郎)
上告人の上告理由
第一点 出訴期間の問題について、
原判決は、公職選挙法第二一五条、同法第二〇七条第一項について解釈を誤りたる違法がある。即ち原判決はその理由の冒頭において、
(一) 「公職選挙法第二一五条によれば、訴願庁の訴願人に対する裁決書の交付が先行事項であり、これに後続して裁決書の要旨を告示しなければならない旨を規定している。このことは、訴願人に対する裁決書の交付によつて始めて裁決書の効力が発生し、裁決書の要旨の告示なるものは、右のように裁決書の交付によつて既に効力を発生した裁決に対する一般的通告手続に過ぎないことからくる当然の結果であり、従つて右告示は、早くとも裁決書の交付と同時であつて交付以前ということは理論上あり得ないわけである。」と判示している。然れども成程第二一五条に「申立人に交付するとともにその要旨を告示しなければならない。」とあるが、だからといつてこの「ともに」を原判決判示のように「裁決書の交付が先行事項であり、これに後続して裁決書の要旨を告示しなければならない」として、告示を単に「一般的通告手続に過ぎない」と告示を軽く解釈するのは全く当らない独自の見解で、法の解釈を誤りたるものである。
苟も裁決ありたる以上は、必ずしも裁決書の交付を待たずして告示をなし得るものと解すべきである。何となれば、裁決書の交付は訴願人に対するものであり、告示は訴願人以外の者に対するものであつて、共に重要視すべき独立の法律手続であり、単に法文に「交付するとともに」とあるが故のみをもつて判示の如く「裁決書の交付が先行事項でありこれに後続して裁決書の要旨を告示しなければならない旨を規定している。」との法律解釈は、あまりに「ともに」にとらわれたる厳格すぎる解釈であつて、告示が交付の日より先に行われることもあることを考慮すべきである。
(二) 次に判示は、「同法第二〇七条第一項の規定は出訴期間について裁決書の交付が先行する通常の場合を予想し、訴願人の場合は裁決書の交付の日、訴願人以外の第三者の場合には告示の日をそれぞれ起算日として示し、起算日にはこの二つしかないことを明らかにしたまでのことであつて、これは出訴期間に関し訴願人でない第三者の利益を考慮し、訴願人との間に不公平を排除するの趣旨に出たものであるから、形式上告示が裁決書の交付に先立つてなされた場合には、訴願人でない第三者に関しても出訴期間は、裁決書が訴願人に交付された日の翌日からこれを起算すべきものと解するのが相当である。」といつているが、これ又法の解釈を誤りたるものと言うべきであつて、第二〇七条は、単に訴願の場合について言えば、出訴期間については訴願人と訴願人以外の者とを区別し、訴願人の場合は裁決書の交付を受けた日より起算し、訴願人以外の場合は告示の日より起算すべきことを明定したに過ぎないのであつて、判示の如く、訴願人の場合は裁決書の交付の日より又訴願人以外の者の場合は更にこれを区別して告示が裁決書交付の日より遅れる時は告示の日より又告示が裁決書日より先立つてなされた時は裁決書の交付の日より起算すべきものであるとの解釈は、あまりにうがち過ぎた誤つた解釈と言わなければならぬ。若し判示の通りの趣旨を規定するものとすれば、自ら条文が異なるべきであつて、かかる重要なる出訴期間の如き点については、特に別に一条の明文を設けなければならぬ。
又訴願人以外の第三者は、不特定多数の者である以上、一一訴願人に対して裁決書の交付のありたるや否やを、如何にして知り得る機会を与えんとするものであろうか。訴願人以外の第三者の出訴期間を、たとい告示が交付の日より先行しても、訴願人に対する裁決書の交付の日より起算すべしとする論理は、到底首肯し難い。
又判示は、「これは出訴期間に関し訴願人でない第三者の利益を考慮し、訴願人との間の不公平を排除する趣旨に出たものであるから、告示が裁決書の交付に先立つてなされたる場合には、訴願人でない第三者に関しても出訴期間は裁決書が訴願人に交付された日の翌日から起算すべきものと解するが相当である。」と言うも、寧ろかくの如く解することこそ却つて不公平で、概して訴願人より利害関係の薄い訴願人でない第三者が、告示が交付の日より先行するときは、交付の日よりおくれる時は告示の日より起算し得るとすれば、利害関係の厚い訴願人自身より有利な立場となるからである。
仍つてあくまでも交付の日と告示の日との先後を問わず、訴願人は交付の日より、それ以外の第三者は告示の日よりと条文通り解釈してこそ始めて正当なる解釈と言うべきである。
これを判例に徴するも、
「最高裁判所昭和二十三年(オ)第八六号、同年十二月十四日最高裁第三小法廷判決」(最高裁判所判例集第二巻第十三号四五二頁)(新判例大系公法編七五〇頁)
に依れば、
「上告人は本件訴願の申立人でなく第三者であるから、地方自治法第六六条第三項によつて裁決書の交付を受けるべきものではない。従つて上告人が裁決に不服があるときは、同条第四項によつてその裁決の告示の日から三〇日以内に出訴しなければならない。」(中略)
「同法(地方自治法)は、裁決書の交付を受けないものについては裁決の告示の日を起算日と定めているのであつて、申立人と申立人以外の者との間に何等不公平を生ずることはないのである。」と判示している。而して地方自治法第六六条第四項と公職選挙法第二〇七条第一項とは同趣旨のものであることは他言を要しない。
(三) 而して原判決は「本件についてみると本件裁決の告示が昭和二十六年六月十八日になされたことは成立に争のない甲第一号証に依つて明白であり」と判示している。
仍つて叙上の理由により被上告人(原審における原告)の本件出訴に関しても、出訴期間は裁決告示の日である右昭和二十六年六月十八日の翌日からこれを起算すべきものであり、従つて七月十九日に提起された本件は、三十日の出訴期間経過後になされた不適法の訴であり、従つて原判決は法律の解釈を誤りたる違法の判決であり、当然破毀さるべきである。
第二点 決選投票における当選有効の確認について、
原判決はその理由の末尾において「前記当事者間に争のない決選投票選挙における古川国雄の当選の有効確認を求める原告の本件請求は正当であるからこれを認容し、民事訴訟法第八十九条第九十四条を適用して主文の様に判決する」として主文第二項において、「昭和二十六年五月八日執行の飽託郡中島村長の決選投票による選挙において、古川国雄の当選が有効であることを確認する」と判示している。
そもそも原裁判所における本件訴訟は、昭和二十六年四月二十三日執行の飽託郡中島村長選挙において、村選挙会が立候補者中法定得票数の得票者がないので当選人なし、と決定したものに対し、当選人ありとの理由を以て上坂満男が村委員会に異議申立をなしたが、却下されて上告人(県委員会)に訴願をなしたのである。仍つて県委員会は、先ず決選投票の票ありしや否やの前提条件として本件訴願即ち四月二十三日執行の村長選挙につき審議したる結果、法定得票数に達した候補者ありたるを以て決選投票の要なかつたものと認め、即ち昭和二十六年五月八日執行された村長決選投票において村選挙会が当選人と決定した古川国雄の当選を取り消したのである。
この県委員会の裁決を不服として被上告人(原告)が原裁判所に提訴したのが本件訴訟の実体である。
昭和二十六年五月八日執行された決選投票による当選の効力については、原審においては当事者双方とも何等ふれていない。但し被上告人(原告)の訴状第三項に「然るに同村選挙人上坂満男は、古川国雄の当選に異議ありとして村選挙管理委員会に対して異議申立をなし同委員会では審議の結果異議の理由なしとして却下したので同人は更にこれを不服として被告に訴願したところ、被告は云々」との理由によりて「請求趣旨掲記の様な裁決を下したものである」と記載しているが、右訴状に「選挙人上坂満男が古川の当選に異議ありとして云々」とあるが、上坂満男は前述の如く昭和二十六年四月二十三日執行の村長選挙についての異議申立及び訴願をしたのであつて、同年五月八日執行の決選投票の結果による古川国雄の当選については上坂満男は何ら異議も訴願も提起していないのである。
上告人が原裁判所における被告として被上告人(原告)の右訴状に対して昭和二十六年八月三日附答弁事実の理由冒頭に「原告主張の請求原因中第一、二、三、五の事実はこれを認むる」と記載したるは、単に経過的事実の存在を認めたに過ぎないので、殊に第三の事実の「上坂満男は古川の当選に異議ありとして」云々を認めた如き感を与えるがこれはむしろ被上告人(原告)が前記四月二十三日執行の村長選挙に対する異議申立並びに訴願を、五月八日執行の決選投票に対する訴願とを混同して「古川の当選に異議ありとして」と書いたものに過ぎないと見たのであり、その後に続く訴状を見ても被上告人(原告)の主張は何等決選投票についてはふれていない。
又第二の事実末尾に「古川国雄が一点の差を以て村長に当選したのである」とあるによつて上告人(被告)は右事実を容認する如き感を与えるが、これ全く「決選投票に於て村選挙会が一票の差で古川が当選したとの決定を行つた」ことの経過的事実を認むるだけで、これによつてもとより何等古川の当選について争がないと言うことは言えない。むしろ県委員会は決選投票の要なかつたものとして古川の当選を取り消しているのである。
要するに決選投票については、本訴においては当事者双方共何等ふれていないのみか、原裁判所においてはいささかの審議をもしていない。若し原審が決選投票による古川国雄の当選を有効と確認するには、その前提として右当選人の決定に対して異議申立ありたりや否や又訴願ありたりや否やを当事者双方に釈明せしめ、其の事実を究明せねばならぬ。然るに原審は何等この手続をなしていないので、なすべき審理をなさず、判決に理由を附せず又は理由に齟齬があると言わねばならぬ。
即ち原判決は破毀を免れないと信ずる。
なお、五月八日行われたる右決選投票の結果、古川国雄を当選人とした村選挙会の決定に対しては、訴外井手政則が別に村委員会に異議申立をなし、却下されて県委員会に訴願をなし、この訴願に対して県委員会は、昭和二十七年四月四日裁決をなした事を附記しておく。
第三点 投票の有効無効認定について、
原判決の理由(3)においてその四十三行以下に「甲第四号証の二は被告委員会の裁定とは逆にさきの選挙会の決定通り古川国雄の有効投票と断ぜざるを得ない」と判示しているが、原審の所謂第一序列の「フ」は明らかに読みうるが、第二乃至第四序列は如何に見るも文字とは判じ難く無効であると信ずる。
仍つて此の一票を無効とすれば法定得票数に達する得票候補者があることとなり、決選投票の要はなく、此の点から言つても原判決は破毀を免れない。 以上
上告人補助参加人代理人弁護士高野弦雄、能勢政世、樋口俊二の上告理由
第一点
原判決は公職選挙法第二百十五条、第二百七条第一項の解釈を誤り、最高裁判所の判例と相反する判断をした違法がある。
原判決は、その理由の冒頭において『公職選挙法第二百十五条によれば、訴願庁の訴願人に対する裁決書の交付が先行事実であり、これに後続して裁決書の要旨を告示しなければならない旨を規定している。このことは訴願人に対する裁決書の交付によつて、始めて裁決の効力が発生し、裁決書の要旨の告示なるものは右のように裁決書の交付によつて、既に効力を発生した裁決に対する一般的通告手続にすぎないことからくる当然の結果であり、従つて右告示は早くとも裁決書の交付と同時であつて、交付以前ということは理論上あり得ないわけである。同法第二百七条第一項の規定は、出訴期間について裁決書の交付が先行する通常の場合を予想し、訴願人の場合には裁決書の交付の日、訴願人以外の第三者の場合には告示の日をそれぞれ起算日として示し、起算日にはこの二つしかないことを明らかにしたまでのことであつて、これは出訴期間に関し訴願人でない第三者の利益を考慮し、訴願人との間の不公平を排除するの趣旨に出たものであるから、形式上、告示が裁決書の交付に先き立つてなされた場合には訴願人でない第三者に関しても、出訴期間は裁決書が訴願人に交付された日の翌日からこれを起算すべきものと解するのが相当である。これを本件についてみると、本件裁決の告示が昭和二十六年六月十八日なされたことは、成立に争のない甲第一号証によつて明白であり、本件裁決書が訴願人に交付された日が、右告示の日以後である同月二十日であることは当事者間に争がないから、訴願人でない原告の本件出訴に関しても、出訴期間は右六月二十日の翌日からこれを起算すべきものであり、従つて七月十九日に提起された本訴は、三十日の出訴期間内になされた適法な訴といわなければならない』と判示して、上告人の本件訴は出訴期間経過後の不適法な訴であるとの抗弁を排斥しているが、右は全く前示二つの条文の解釈を誤つたものである。
即ち、右判示は同法第二百十五条に依れば、訴願庁の訴願人に対する裁決書の交付が先行事実であり、これに後続して裁決書の要旨を告示しなければならない旨を規定していると独自の見解を述べ、その理由付けとして、このことは訴願人に対する裁決書の交付によつて始めて裁決の効力が発生し、裁決の要旨の告示なるものは右のような裁決書の交付によつて、既に効力を発生した一般的通告手続に過ぎない事から来る当然の結果であり、従つて右告示は早くとも裁決書の交付と同時であつて、交付以前ということは理論上あり得ない訳であるとしている。
然し、公職選挙法第二百十五条の解釈としては、告示は必ずしも訴願人に対する裁決書の交付と同時か、あるいはそれ以後にしなければならないものではなく、訴願庁において裁決がなされた以上、裁決書の交付をまたなくても直ちにその要旨を告示することができるものと解釈するのが正当である。何となれば、右法条は、裁決書の交付と要旨の告示について、その時期をいずれが先にすべきかを規定したものではなく、選挙争訟における告示の性質上、不測の事故により時としてその時期が著しく遅延する可能性のある裁決書の交付をまつ必要はすこしもないからである。従つて同法条が、訴願人に対する裁決書の交付が先行事実であり、これに後続して裁決書の要旨を告示しなければならない旨を規定しているとの解釈は、誤つた解釈である。
次に判示は、同法第二百七条第一項の規定は、出訴期間について裁決書の交付が先行する通常の場合を考慮し、訴願人の場合には裁決書の交付の日、訴外人以外の第三者の場合には告示の日をそれぞれ起算日として示し、起算日にはこの二つしかない事を明らかにしたまでのことであつて、これは出訴期間に関し訴願人でない第三者の利益を考慮し、訴願人との間に不公平を排除する趣旨に出たものであるから、形式上、告示が裁決書の交付に先き立つてなされた場合には、訴願人でない第三者に関しても、出訴期間は裁決書が訴願人に交付された日の翌日からこれを起算すべきものと解するのが相当であると述べているが、これまた法の誤解である。
同条同項によれば「都道府県の選挙管理委員会の決定、又は裁決に不服がある者はその決定書、若しくは裁決書の交付を受けた日、又は第二百十五条の規定による告示の日から、三十日以内に高等裁判所に訴訟を提起することができる」とあり、同項にいわゆる不服ある者とは、訴願の場合についていえば訴願人と訴願人以外の者とを指し、出訴期間について訴願人の場合は裁決書の交付を受けた日、訴願人以外の者の場合は告示の日よりそれぞれ起算すべきことを明定したものであつて、判示のように訴願人の場合は裁決書の交付の日より、訴願人以外の者の場合は更にこれを二つに分け、告示が裁決書の交付の日より遅れた時は告示の日より、告示が裁決書の交付に先き立つてなされた時は裁決書の交付の日より起算すべきものとは、いかにしても解釈することができない。若し、判示の通りの趣旨を規定するものとすれば、自から条文の体裁が異る筈である。裁決書の被交付者でない第三者に裁決書の交付日を起算日とすることは、いかにも不合理である。
また判示は、これは出訴期間に関し訴願人でない第三者の利益を考慮し、訴願人との間の不公平を排除する趣旨に出たものであるから、告示が裁決書の交付に先き立つてなされる場合には訴願人でない第三者に関しても、出訴期間は裁決書が訴願人へ交付された日の翌日から起算すべきものと解するのが相当であるとしているが、右判旨は決して公平でなく、訴願人以外の第三者の出訴権を不当に拡張する見解である。もともと法律が、訴願人以外の第三者の出訴期間の起算日を裁決要旨の告示の日からと規定した趣旨は、右第三者は裁決書の交付を受ける者ではないから、裁決書が訴願人に交付されたことを知らないでいる場合が少なく、このような第三者に対し訴願人と一律に裁決書交付の日を起算日とすることは不公平であるから、第三者が裁決のあつた事実を了知しうべき地位に立つた時、即ち告示の日を以て出訴期間の起算日とすることにより訴願人と第三者との間の不公平を排除したまでのことであり、告示の日に、既にその裁決が訴願人に対して効力を発生しているか、否かは問う必要がなく、第三者に対する通告手続として告示そのものが有効に成立していれば、その日を第三者の出訴期間の起算日とする法意であると解さなければならない。何となれば、訴願人以外の第三者に対して、告示の日を起算日とする出訴期間を設けたのは事柄の性質上、公共の利害に関する事が深いから、これを長く未確定の状態に置くことを避けようとする趣旨であるからである。
これを判例に徴するに、最高裁判所昭和二十三年(オ)第八六号町会議員選挙当選取消請求事件、同年十二月十四日第三小法廷判決(最高裁判所判例集第二巻第十三号四五二頁)によれば「上告人は本件訴願の申立人ではなく第三者であるから、地方自治法第六十六条第三項によつて裁決書の交付を受けるべきものではない。従つて、上告人が裁決に不服があるときは、同条第四項によつて、その裁決の告示の日から三十日以内に出訴しなければならない(中略)。訴願の裁決は、申立人に裁決書が交付されることによつて効力を生ずるから、地方自治法は、その日を以て申立人の出訴期間の起算日としたものと解せられるが、申立人以外の者に対しても等しく裁決書交付の日を以て起算日とするならば、論旨のいうように不公平を生ずるものと言えるけれども、同法は裁決書の交付を受けない者については裁決の告示の日を起算点と定めているものであつて、申立人と申立人以外の者との間に何等不公平を生ずることはないのである」と判示している。
而して、地方自治法第六十六条第四項と公職選挙法第二百七条第一項とは全く同趣旨の規定であること明らかである。従つて、本件原判決が「本件裁判の告示が、昭和二十六年六月十八日なされたことは成立に争のない甲第一号証によつて明白であり、本件裁決書が訴願人に交付された日が、右告示の日以後である同月二十日であることは当事者に争がないから、訴願人でない原告の本件出訴に関しても、出訴期間は右六月二十日の翌日からこれを起算すべきものであり、従つて七月十九日に提起された本訴は、三十日の出訴期間内になされた適法な訴といわなければならない」と判断したのは公職選挙法第三百十五条、第二百七条第一項の解釈を誤り、前掲最高裁判所の判例と相反する判断をした違法があり、原判決はこの点で破棄を免れず、本件訴は不適法の訴として却下さるべきものである。
第二点
原判決は事実認定の実験則を無視したか、又は法令の解釈を誤り、且つ理由にくいちがいがあり、最高裁判所の判例と相反する判断をした違法がある。
原判決は、甲第四号証の二が古川候補者の有効投票であると断じ、その理由として「甲第四号証の二によれば、第一序列の一字は、これを明らかに『フ』と読みとることができるけれども、これを除く他の第二乃至第四序列の三箇の各表示は殆んで字形をなしていないものではあるが、それほどの拙劣幼稚をきわめたものであるのに、ともかくもその記載自体に、選挙人の選挙意思がまじめに表現されていることを容易に看取できるから、これを投票した選挙人の意思を尊重すれば、本件候補者三名の氏、又は名を仮名で表示して四文字となるものは、古川国雄の氏『フルカワ』だけであり、又右第一序列の一字が『フ』と読みとることができることを念頭において第二序列以下の各表示を仔細にみると、第三、四序列の二箇の表示は『カハ』と判読できないことはないし、又第二序列の表示は片仮名の『ル』が三つの小片に分断された形をなしているともいえるので、古川候補者を記載したものと確認できないことはない」と判示している。
然し、右判示のように第一序列の一字は、これを明らかに「フ」と読みとることができるとしても、第二乃至第三序列の三個の各表示が殆んど字形をなしていない程、拙劣幼稚を極めたものである以上、公職選挙法第六十八条第一項第七号に規定する「公職の候補者の何人を記載したかを確認し難いもの」として無効と認定すべきものである。
最高裁判所昭和二十四年(オ)第三二号県会議員当選無効事件、同年十二月二十四日第二小法廷判決(最高裁判所判例集第三巻第十二号五二二頁)は『「イ」、又は「フ」とのみ記載した投票は、候補者中、他にイのつく者又はフのつく者がなくても、岩永藤樹を選ぶ趣旨が表明されていると認めることはできない』。『甲第七三号証の投票は「イ」の一字は明らかであるが、その下の文字は文字の体をなしていないから、所論の如くこれを「イワナカ」と記載したものとは認められない。甲第一一二号証の投票の第一字は「イ」であるが、第二字は文字の体をなしていないから、所論の如くこれを「ワ」と書いたものと認めることはできない。甲第一二〇号証の投票は「ノフガ」又は「イマガ」と読まれるのであるから、以上の投票はいずれも無効と認めるのが相当である』。『甲第一一七号証の投票は「ケタナフチ」又は「クタナフチ」と読まれるのであるから、これを岩永候補者に投じた票と認めることは困難である』。『甲第五七号証の投票は「イウゴ」又は「イワゴ」と読まれるのであるから、これも前と同じく岩永候補者の得票と認めるのは困難である』。『甲第一二一号証の投票は明らかに「イワオ」とあるから、これを岩永候補者の有効投票と認めることはできない』。『甲第四六号証には「岩永繁」、甲第五八号証には「岩永岩人」、甲第五九号証には「岩永森一」、乙第五三号証には「岩永吉次」、甲第四五号証には「中島藤樹」と記載してあるが、これらの投票はいずれも岩永藤樹を誤記したものとは到底認めることはできないから、候補者に非ざる者の氏名を記したものとして無効と判定するのが相当である』。『甲第五三、甲第五六、甲第七四号証にはいずれも「山永」と記載されており、その筆勢字形等からみて第一字の「山」が「岩」の誤記であると認めることはできないから、原審がこれ等の投票を無効と判定したのは正当である』。『甲第八六号証の第一字は明らかに「岩」であるが、その下一字は「不」と読まれるが、更に他に「タ」の一字を記載してあるから、これを岩永候補者の有効投票と認めることはできない』。『甲第四四号証には「克水」と記載してあるから、これを岩永と認めることはできない』と判示している。
即ち、右判例において示された投票判断の法則は、当該投票に記載された文字の一字乃至二字が、たまたま或る候補者の氏名中の或る文字に符合することがあつても、通常人の感覚を以てすればその他の文字が判読困難であつたり、または或る候補者を投票する意思がないと思われる場合には、それらの投票を有効と認めることはできないという趣旨に解される。
従つて本件において、甲第四号証の二の第一字が明らかに「フ」と読みとれても、その他の三字が全く字体をなさず判読困難(強いて判読すれば「フコヤイ」と読むべきであろう)であるから、公職選挙法第六十八条第一項第七号の解釈上並びに右判例の投票判断の法則に照し明らかに無効の投票であり、原判決の如き推理を弄して古川の投票であると認定する余地は全くないものと言わなければならない。
更に原判決は、右投票を有効と認めた重要な理由の一つとして、本件候補者三名の氏、又は名を仮名で表示して四文字となるものは古川国雄の氏「フルカワ」だけであると判示しているが、本件候補者三名中の一名である田中栄吉の名「エイキチ」も亦四文字であることは明白であり、原判決はその理由にくいちがいがあるものと言わなければならない。
然して、右甲第四号証の二の一票が無効となるときは中尾行雄の得票は法定得票数に達し、原告の請求は棄却さるべきこととなり、この結果は明らかに判決に影響を及ぼすこととなる。従つて、原判決は事実認定の実験則(投票判断の法則)を無視したか、又は公職選挙法第六十八条第一項第七号の解釈を誤り、且つその理由にくいちがいがあり、前掲最高裁判所の判例と相反する判断をした違法があるから破棄を免れないものと信ずる。
第三点
原判決には、職権調査義務違反による審理不尽の違法がある。
原判決は主文第二項において「昭和二十六年五月八日執行の飽託郡中島村長の決選投票による選挙において、古川国雄の当選が有効であることを確認する」と判断し、その理由として「全候補者とも、その得票数が法定得票数に達しないから、前記のように当事者間に争のない村選挙管理委員会が昭和二十六年五月八日行つた決選投票の結果、有効投票の過半数である千百三十票の得票者として、古川国雄を当選人と定めた決定は結局正当であつて、当選の効力に関する被告補助参加人上坂満男の異議申立を却下した村選挙管理委員会の決定を取消し、古川の当選を無効とした被告委員会の裁決は、到底取消をまぬがれないということである。結局、被告委員会の裁決に対する原告の違法主張は、その理由があるものといわなければならない。さすれば、被告委員会の裁決の取消とともに前記当事者間に争のない決選投票における古川国雄の当選の有効確認を求める原告の本訴請求は正当であるから、これを認容する」となしている。
然し乍ら、仮りに四月二十三日執行の選挙において、全候補者ともその得票数が法定得票数に達しなかつたものとしても、そのことから直ちに五月八日執行の決選投票の結果について当事者間に争いがないとして、原判決が古川国雄の当選有効と確認することは違法である。何となれば、五月八日執行の決選投票の結果についても、公職選挙法第二百六条の規定に基き利害関係人が異議、訴願を以て争う途が設けられているのであるから、原裁判所としては、本件において右決選投票の結果の告示後、何人の異議、訴願もなされず、或はそれらを排斥する裁決がなされて既に確定しているか否かにつき釈明権を行使し、或は職権を以て調査したうえでなければ、決選投票による当選有効確認の判決を下すことはできない筋合である。
現に本件においても、右の決選投票における古川国雄の当選に関し、訴外井手政則が適法に当選を争う異議の申立をなし、村選挙管理委員会においてこれを却下したので、同人は更に熊本県選挙管理委員会に訴願をなし、同委員会においてこれを審議した結果、昭和二十七年四月四日「昭和二十六年五月八日執行の中島村長決選投票において、当選人と決定された古川国雄の当選を無効とする」旨の裁決をなしたのである。(本書末尾に右の裁決書写を添附する。)
もともと当選訴訟において、「何某の当選を確定」するというような積極的確認の判決が許されるかどうかは争のあるところであり、裁判所は、ただ行政庁の処分の取消、又は一部取消の意味における変更をなし得るのみであるとの見解によれば、このような判決をすることは、特に法律により許されている場合以外はできないこととなる。
然し、最高裁判所昭和二十三年(オ)第一六五号選挙管理委員会の訴願書却下取消等請求事件、同二十四年八月九日第三小法廷判決は、右の点に関し「論旨は、裁判所は只既成の選挙、又は当選の効力そのものを失効せしめることができるだけであつて、新に当選人を定めることは裁判所の任務ではないと論ずるけれども、若し何人を当選人と定めるかについて、行政庁に自由裁量の余地があるならば問題は存するであろう。しかしながら、本件のように一度、選挙会で当選人と定められた者を市委員会が当選を辞した者とみなして告示をし、その市委員会の告示の違法を判断することによつて、法律上当然その者が当選人となるような場合は、その当選(即ち、法律上当然の結果)を確認することは選挙執行機関の権限を侵すものでもなく、裁判所の性質と相容れないものでもない」と判示している。
右判例において注意すべきことは、裁判所が行政庁の処分を取消した場合、法律上当然の結果として自働的に当選人が確定さるべき場合に限つて、当選有効の積極的確認判決をすることができるというのであつて、本件のように四月二十三日の選挙に関する被告委員会の裁決を裁判所において取消しても、五月八日決選投票の結果につきその確定を妨げる事由のある場合には、裁判所が無条件で、決選投票の結果による古川国雄の当選有効を確認することは違法であると云わなければならない。
尤も原審において、被告は原告の訴状記載請求原因中、第一、二、三、五の事実はこれを認めており、五月八日決選投票の結果に対し、訴外井手政則から適法な異議の申立や更に訴願のなされている事実については当事者双方何ら触れるところがないのであるが、当選訴訟における確認の対象は専ら公益に関する事件であるから、訴訟物につき当事者に処分の自由を認める処分権主義並びに訴訟物たる法律関係の存否についての裁判所の判断の基礎となる事実関係を確定するに際しては、当事者の陳述しない事実はこれを斟酌することができないとする弁論主義の原則は排斥され、これに代つて、職権主義の支配する領域であると解釈しなければならない。
若し本件原判決の如く、当事者間に争がないとして漫然決選投票の結果、古川国雄の当選有効の確認をなし、それが適法な判決として維持せられ、その事件について関係の行政庁を拘束するものとすれば、決選投票の結果に対し、適法に提起された第三者の異議申立権乃至訴願の権利を故なく剥奪するのみでなく、これに対する行政庁の裁決権を蹂躪することとなり、明らかに不合理な結果を招来することになるのである。
従つて本件において、裁判所が決選投票による古川国雄の当選有効確認判決をなすことができるものとしても、その際裁判所においては、被告委員会の裁決を取消すことにより法律上当然の結果として、自動的に古川国雄の当選が確定するかにつき、職権を以て調査すべき義務があるものと云わなければならない。然るに原判決が、それらの事項につき職権調査の義務を果さないのはもとより釈明権の行使すら怠り、漫然古川国雄の当選を確認したのは明らかに審理不尽の違法があり、ひいては憲法に規定する三権分立主義の大原則を逸脱する結果ともなり、原判決はこの点においても破棄を免れないものと信ずる。
ちなみに決選投票の結果につき、訴外井手政則がなした訴願に対する昭和二十七年四月四日熊本県選挙管理委員会の裁決に対しては、同年四月九日訴外木村一態より福岡高等裁判所に裁決取消並びに当選有効確認請求の訴が提起されており、本件原判決を維持することが不合理であることは、愈々明白となつたので附記する。なお、右訴受理の証明書を本書末尾に添附する。 以上